2025年1月10日、東京・新宿にある新宿シネマカリテにおいて、「MR.JIMMY レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男」の日本版初日舞台挨拶が行われました。
時間となり、ジミー桜井さんが登壇されると、会場からも暖かい拍手が起きていました。ジミー桜井さんも、満席の会場に破顔の笑顔で答えていました。
開演前という事で、舞台挨拶はネタバレ無しで行いましたが、基礎知識として、今回の主役であるジミー桜井さんは偉業をされました。
アメリカでの労働ビザは3年という話をされていましたが、映画のホームページによると、ジミー桜井さんはサラリーマンとしてアメリカに滞在していたということなので、サラリーマンで米国に行って、3年のビザでいかにレッド・ツェッペリンになるか?というのが冒頭だと思います。
ジミー桜井さんはアメリカに行った当初は「MR.JIMMY USA」というバンド名でバンドを組んでいたと話していましたが、メンバーだったり、ブッキングだったり、日本人が日本以外の地で行う難しさを痛感されたそうです。
映画はその時からドキュメンタリーとして、撮り続けていたそうですが、ジミー桜井さん自身は、レッド・ツェッペリンにいた最後の一年を追って撮っていたと思っていたそうです。
映画監督のピーター・マイケル・ダウド監督についても、知り合いは凄いけど、本人はインディーで、境遇的に似ていると話し、ジミー桜井さんの状況を追っていたら、監督も自分も同じようにしないといけないと思う位、作品にのめり込んでいたそうです。
ちなみに、今回の作品の中心となる部分についても、何時間も受けていたのでは?とエピソードを披露していました。
映画については、監督がジミー桜井さんは英語が話せないけど、監督は英語が話せるという事で、アメリカの映画祭を片っ端から受けて、徐々に評価が高まり、結果として、大きな映画祭の賞も得られたエピソードを話していました。
ちなみに、今回の上映を記念して、タワーレコード新宿店で、ジミー桜井さんの使われている機材が展示されているそうなので、見て頂きたいのと、日本国内でもライブをしているので、来られる方は是非という話と、本当に様々なショーに出られているそうなので、都合が合えばという話をされていました。
今回の映画については、日本では2025年ですが、アメリカの場合、コロナ禍は2年で終息したそうで、日本より早く公開されたエピソードも話をされていました。
日本では、アメリカのロックアーティストで、アメリカ人なら知らない人は居ないという人と共演している数少ない日本人の一人なので、興味があったら、是非見て頂きたいです。
また、舞台挨拶の最後の所で、ジミー桜井さんの活動に協力して頂いた方を舞台上に挙げて、ジミー桜井さんが丁寧に謝意を述べているのも印象的でした。
最後にジミー桜井さんからの挨拶で「これからも応援ください。今日は映画を見てください。」とコメントされ、初日舞台挨拶が終了しました。
©One Two Three Films